Voice of Farmers
奇跡の復活を遂げた
佐土原ナス、
そのおいしさを全国へ
佐土原ナス
Sadowara Eggplant
宮崎県宮崎市の北部に位置する佐土原町で江戸時代から作られている伝統野菜。生でも食べられるリンゴのような風味で、加熱するととろけるような食感が特長の赤ナスの一種。1980年ごろには一度市場から姿を消したが、2000年に保管していた種のうち4粒が奇跡的に発芽。少しずつ株を増やし、2002年に市場に出荷再開。2005年には宮崎市佐土原ナス研究会(以降研究会)が発足。現在11名の農家がメンバーとなり、自家採種しながら守り、生産している。年中栽培しているハウスにて、研究会会長の斉藤弘一さん。
宮崎市内のスーパーで野菜売り場の一際目立つコーナーに並ぶ大きなナス。その大きさも目を引きますが、なんといってもパッケージに書かれた「たった4粒の種から蘇った宮崎の伝統野菜」という言葉がドラマティック。生産者で構成されている宮崎市佐土原ナス研究会(以降研究会)が出荷している佐土原ナスです。とろりとやわらかなその食感は独特のおいしさで、宮崎料理店を営む人に聞けば「これを食べたら他のナスが食べられなくなるよ!」というほど。
復活を支えた一人の生産者から始まった宮崎市佐土原ナス研究会
「今でこそそんなふうに、宮崎では知らない人がいないくらいに佐土原ナスは広まりましたけど、復活当初に取り組んだ人たちは本当に大変だったと思います。その人たちのおかげで今があるわけです」
そう教えてくれたのは、佐土原ナスの生産農家で現在、研究会会長を勤める斉藤弘一さんです。
もともと、江戸時代から宮崎県宮崎市の北部にある佐土原という城下町で栽培されてきた佐土原ナスですが、大きさや色が不均一で病気に弱く、果皮がやわらかいため傷がつきやすいのが難点。戦後の経済成長期には、色も大きさも粒揃いで多収性に優れた改良品種のナスに押されて栽培する人がいなくなり、1980年ごろにはその姿が市場から消えました。「たった4粒の……」という奇跡が起きたのは2000年のこと。宮崎県総合農業試験場で職員が預かっていた種を蒔いたところ、その多くが不発芽だった中、4粒だけが発芽したのです。2年後には35株に増え、いよいよ出荷を目指して大々的に生産を……とスムーズにはいきませんでした。
「当時、佐土原ナスは『見た目の悪い売れないナス』という認識でしたから、誰もやろうとしなかったんですよ。実際、せっかく復活したのに市場に売りに出しても1本数十円でしか買ってもらえず、お金にならなかったっちゅう話です。そんななか、キュウリやトマトなど安定して出荷できる作物を育てながら一人で栽培を続けたのが、研究会初代会長の外山晴英さんでした」
地域の伝統野菜を守っていくための自家採種
やがて、そのおいしさを覚えている人や1人栽培を続ける外山さんの熱意に動かされて佐土原ナスを育てる農家が増え、2005年に研究会が発足。研究会は「地域の伝統野菜として守っていこう」と、生産に取り組むだけでなく、ロゴやパッケージも整え、佐土原ナスの認知を地域に再び広げていったのです。
現在、研究会のメンバーは11人。このメンバーが育てている佐土原ナスは、すべて奇跡の4粒にルーツを持つものです。
「栽培はそれぞれのやり方で行っていますけど、他の品種と交配してしまわないように、みんなハウスで作っています。毎年2月には集まって種採りをします。自分たちで採種して管理することは、品種を守るために大事なことだと思っています。研究会が続く限り、これだけは絶対に続けていかんと。また、実の大きさや色つやのよい優良株を選んで採種を繰り返すことで、昔の佐土原ナスに比べて病気に強く、大きさや形も安定してきました」
それでも、原種に近い品種であるがゆえの個性は残っています。それは、ガクや葉にある鋭いトゲです。これが農家の皆さんを悩ませるそう。斉藤さんも「毎日、家に帰ったらトゲを抜くのが日課ですよ」と苦笑します。
農作業の苦労といえば、夏の酷暑は年々深刻になっています。夏のハウスでの作業は、日の出前からの早朝と日没後の数時間のみ。
「人間だけじゃない、ナスにもこの暑さは問題です。暑くなりすぎるとね、実がとまらない(結実しない)んです。花が咲いてもそのまま落ちてしまったり、つぼみのまま枯れたり。ハウスに遮熱塗料を塗ったりしていますが、もっと工夫していかんと」
「おいしかった」の言葉を原動力に
斉藤さんが研究会に参加し、佐土原ナスを作るようになったのは4年前のこと。もともとはハウス栽培でトマトを生産する農家でした。この辺りではいち早く養液栽培に挑戦し、順調にトマト農家を営んでいた斉藤さんに、すでに研究会メンバーとして佐土原ナスを育てていた旧知の農家が声をかけたのがきっかけでした。
「正直なところ当時は奇跡の復活の話はあまり知りませんでした。ただ何より佐土原ナスのおいしさは知っていたから、自分もやってみたいと思ったんです。佐土原ナスにはまだまだ伸びる可能性があるんじゃないか、と」
一人でも多くの人にこのおいしいナスを食べてほしい。その一途な思いで、斉藤さんは毎日ハウスで作業を続けています。
「朝ハウスに来るとね、ナスがツヤツヤして本当にきれいなんですよ。それで食べた人がおいしかったって言うてくれる。ナスが嫌いだっちゅう子が食べたとかね。トマトを作っている時と農業に対する情熱はもちろん変わらないけれど、やっぱりやりがいがあります。農業って子育てみたいなところがあるけど、この佐土原ナスは育てがいがある子ですよ」
せっかく復活した伝統野菜、絶やさず伸ばしたい
こうして佐土原ナスは奇跡の復活を遂げましたが、周辺地域では黒皮カボチャなどの伝統野菜が消えつつあります。手間がかかるのに値段がつかなくて割に合わないため、作り手がいなくなってしまうといった問題は、全国共通です。
「自分は伝統野菜の生産者としては新参者ですが、やっぱりなんとか残したいという気持ちがあります。伝統野菜というのは、本当においしいから作り続けられてきたんだと思うんです。佐土原ナスは、口コミでそのおいしさが広まっていきました。佐土原ナスが復活したように、伝統野菜のおいしさをもっと多くの人に知ってもらえれば」
伝統野菜への思いをそう話す斉藤さんの夢は、佐土原ナスが全国的に知られるようになること。
「大阪の泉州水ナスのように、おいしいナスといえば佐土原ナスとみなさんが連想するようになってほしいですね。佐土原ナスにはその力があるから、もっと県外にも広めたい。せっかく復活したんです、まだまだ伸ばしてやりたいと思っちょります」
取材・文 / 川瀬 佐千子
写真 / 西田 優太
Farmer
斉藤 弘一さん
1955年宮崎県宮崎市生まれ。高校卒業後、自衛隊に勤務を経て家業である農業に従事。ハウスでキュウリやトマトを栽培し、地域ではいち早く養液栽培を始める。2021年より宮崎市佐土原ナス研究会に所属し、佐土原ナスの栽培を開始。2024年より、研究会会長として普及活動にも奔走する。昨年は、佐土原ナスにルーツを持つという新潟県の木崎やきなすの生産者を訪ね交流を深めたそう。
参考文献
『日本のうつくしい野菜』(warmerwarmer/オレンジページ)『野菜 在来品種の系譜』(青葉高/法政大学出版局)「宮崎の旬に出会える食旅メディア in SEASON 今月の生産者Vol.11」「みんなの農業広場 佐土原ナス-幻の伝統野菜の復活!」「野口のタネ 佐土原茄子」「Gritz Design『奇跡のナス 佐土原ナス』」
この記事をシェアする