Loading...

Photography by Janny Suzuki / Terumi Takahashi

信州カブを生産する松本真実さん

Voice of Farmers

東近江の
風土を映した
信州カブに魅せられて

信州カブ

しんしゅうかぶ アブラナ科

Shinshu Turnip

滋賀県東部(湖東地域)を流れる愛知川(えちがわ)流域で育てられていた赤カブ。平安末期に近江国の百済寺(滋賀県東近江市)に陣を張った木曽義仲(源義仲)が信州から持ち込んだのでこの名がついたと伝えられ、近江のカブとして栽培されてきた。日野菜など近江地域に伝わるカブのほとんどに、この信州カブの遺伝子が含まれるといわれる。長らく栽培する人がなく幻となっていたが、2019年に復活。現在、滋賀県東近江市で在来野菜の生産を行う農家、松本真実さん(写真)の畑でのみ栽培されている。

かなり古い時代に日本にもたらされたといわれ、奈良時代にはすでに栽培の記録が残っているカブ。全国各地に広まり根付き、色も大きさも多彩な在来種があります。滋賀県東近江市に伝わるのが、信州カブ。
「このカブは、名前は信州(長野)ですが伝わっているのは近江(滋賀)なので、『どっちの野菜なの?』とよく言われます」
と教えてくれたのは、信州カブを生産している松本真実さんです。

大ぶりなのが特長のひとつである信州カブ
大ぶりなのが特長のひとつである信州カブ。皮は赤紫色だが中は真っ白。筋が少なくてやわらかい。

平安末期に遡るルーツを持つ信州カブを守るのは一軒の農家

現在この赤カブを栽培しているのは、日本全国で松本さんただ一軒です。信州カブは平安末期(1180年ごろ)に東近江市の愛知川(えちがわ)周辺に伝わったとされています。
「調べてみると、木曽義仲が上洛する際にこの地に陣を張った記録があって、その際に信州から伝わったんじゃないかといわれています。産地の名ではなく、ルーツの地名が名前に残っているのもこの野菜の面白いところだと思います」
しかしいつしか作られなくなり、その存在を知る人もほとんどいなくなりました。文献の中にその名を残すのみとなっていた信州カブが、この地で再び芽吹いたのは2019年のこと。種を保存していた龍谷大学の研究室から松本さんが種を受け継ぎ、復活させたのです。
赤カブの多くは苦味や独特の風味が強く、漬物に向いているとされますが、この信州カブはやわらかく甘みが強いのが特徴で、ソテーにしても美味。皮の赤みを生かして皮ごとおろせば、見た目にも鮮やかです。

菜花のおひたしに添えた、信州カブのおろし
菜花のおひたしに添えた、信州カブのおろし。酢やレモンをかけると赤紫色が鮮やかなピンクに変わる。

日本各地の在来野菜とそれを受け継いできた人々との出会い

松本さんが信州カブをはじめとした在来野菜に魅せられたのは、あるエピソードを知ったことがきっかけでした。
「もともと野菜が好きではありましたが、以前の私にとってはスーパーに並ぶ野菜がすべてだったんです。まだ会社員で、野菜を育てることに興味を持ち始めた頃、あるエッセイを読んだんですよ。それは滋賀県北部の嫁入りナスの話。娘が嫁に行く時に、その家で代々育てている家宝伝来のナスの種を持たせるんだそうです。その種は嫁ぎ先で、その土地に合った新しいナスとなって受け継がれる……そういう話でした。それを読んだ時に、そんなふうに野菜の種が伝わっていくのかとびっくりしたし感動もしたんです。その後、実際に農山村を訪ねれば、各地に知らない野菜がある。それを繋いできた人々がいる。そういうことを知って、どんどん楽しくなっていきました」
野菜のより深くて広い世界への扉が開いたようだったと、松本さんは在来野菜との出会いを振り返ります。
「在来野菜がない場所ってないんですよ。ここ東近江も、どちらかと言えば在来野菜が少ないと言われる場所なんですけど、探せば信州カブのように出てくる。最近も『この辺で昔からおばあちゃんが育ててきたゴマの種があるんやけど』って声をかけてもらったんですよ。名前もないし、ルーツもわからない。でもその家で受け継がれて育てられてきた、明らかに他のゴマとは違う、すごい特徴のあるものなんです」

愛知川の河原沿いに広がる松本さんの畑
愛知川の河原沿いに広がる松本さんの畑。年間を通じて、さまざまな在来野菜を育てている。

在来野菜はその土地を好きになるきっかけをくれるもの

おそらく多くの人にとって野菜とは、かつての松本さんのように「スーパーに並ぶものがすべて」。土地土地に受け継がれてきた野菜があることを知る人は多くありません。それでも、松本さんが在来野菜に情熱を注ぐのはなぜなのか?と訊ねると、じっくりと言葉を選びながら「私にとってその土地を好きになる理由の1つなんです、そこの在来野菜を知るということが」と、松本さんは答えました。
「私は親が転勤族で、子どもの頃いろんな土地に住んできたので、あんまり自分の故郷は"ここ"というような強い意識や愛着がなくて。でも、その土地で受け継がれてきた在来野菜と出会って、その野菜がどんなふうに旅をして来てそこに根付いているのかということを知ると、その野菜を介してその土地とのつながりを意識できるような気がします。現代は、生まれ育った場所から離れて都会で暮らす人が多くて、郷土愛や風土への関心が低い人が多いと思うんです。そういった人たちにとっても、在来野菜という食文化が果たす役割は大きいんじゃないでしょうか。山形大学の青葉高先生という研究者が『野菜は生きた文化財である』っていう言葉を残していますが、まさにその通りだと思うんです」
今では、「その野菜が歩んできた過去と未来をつなぐ旅の途中の"宿"が、自分の畑であるというような気持ち」だと松本さんは言います。
「だから、私が種を採らないといけない。責任感ということではないんですが、生きた文化財の命をここで途切れさせないように」

種採り用に栽培している信州カブ
種採り用に栽培している信州カブ。より大きく育っているものを選んで別の畑に移し、5〜6月まで栽培する。取材時の2月はちょうど花茎が分化して伸びてきたところ。腰くらいの高さまで伸び、アブラナ科らしい黄色い花を咲かせる。
保管している信州カブのタネ
保管している信州カブのタネ。アブラナ科の中では、株あたりのタネが少なめだそう。

在来野菜の生命力に動かされている

その土地に根付いてきた在来野菜はその地に合った独自の生命力を持っているもの。とはいえ、近年の過酷な気象条件に「この後どうなるかは未知数。農家としていろいろ工夫していかなきゃならない転換期に来ているのは確か」と松本さん。この転換期を一緒に乗り越えてくれるような農業技術だったり新しい資材には、期待したいと話します。
「就農して10年になりますが、さまざまな工夫やトライを積み重ねてきました。農業って、自然が相手なので、いろいろな挑戦をしてもそれが正しかったのか、結果が出るまでには時間がかかります。10年やってきたけれど、すごい経験を積んだという実感はまだ持てない。そんなふうにこれからも続けていくんだと思うんです。今度、SOLAMENT®を配合したネットを初めて使ってみますが、近赤外線を吸収してそれ自体が発熱するということなので、冬のハウスでの育苗での加温に期待しています。また、信州カブの秋蒔きの際も使ってみようと思います。雨が足りなくて太陽の熱で土の水分が奪われてしまうという状態を、SOLAMENT®のネットを張って遮熱することで改善できるかもしれない」

苗床を覆ったり敷いたり、SOLAMENT®を使ったネットの効果をいろいろな方法で試してみる松本さん
苗床を覆ったり敷いたり、SOLAMENT®を使ったネットの効果をいろいろな方法で試してみる。

人類が農業を始めたのは1万年以上前だと言われています。それまで野生に育っていた植物の種子を集め、植え、収穫する。その営みの中、人間が優良株を選抜して採種することで、野菜はそれぞれの土地に合わせた形質を獲得しながら今までその命を繋いできました。
「つまり、野菜は生き残るために人間の手を借りて進化しているといえます。今私がやっていることは、野菜の狙い通り生き残りを手伝わされていて、『野菜に使われているのでは?』と感じることもありますが(笑)、絶滅しそうでかわいそうだから守るのではなく、出会って好きになってしまったから当たり前、そんな気持ちで育てています」

取材・文 / 川瀬 佐千子
写真 / 西田 優太

松本真実さんのプロフィール画像

Farmer

松本 真実さん

1981年生まれ。化学メーカーの研究開発職の傍ら、大好きな野菜の「追っかけ」に全国各地の農山村を訪ね歩き、在来野菜に魅了される。やがて、農家を生業にと一念発起、修業を経て滋賀県東近江市愛東地区で農業を始め農場「野菜と旅する」を営む。夫と二人で1町5反(約15,000平方メートル)の畑で、一年を通じて15種類ほどの在来野菜を栽培。信州カブなど、地域で受け継がれてきた野菜を地域の中で食べる食文化の循環を作ることを目指している。

参考文献

『日本のうつくしい野菜』(warmerwarmer/オレンジページ)『野菜 在来品種の系譜』(青葉高/法政大学出版局)「毎日グリル部 2020.1.27」「ポケットマルシェ 野菜と旅する」「野菜と旅するFacebookページ」「WEBみすず 農業と進化(前編) 2025.12.1」

この記事をシェアする