Voice of Farmers
郷土愛を胸に、
150年以上受け継がれてきた
杉箸アカカンバを守る
杉箸アカカンバ
Sugihashi Red Turnip
杉箸アカカンバは、滋賀県との県境に位置する福井県敦賀市の杉箸集落で150年以上にわたって受け継がれてきた赤カブ。深紅の実はヒゲ根が多く特徴的な姿で、切ると真っ白な身に真っ赤なサシが入っている。独特の辛味とほろ苦さがある。8月下旬の秋蒔きで、収穫は10月末〜。山口一夫さん(写真)が立ち上げた杉箸アカカンバ生産組合が、絶やさないように栽培を続けている。「①生産者自らが種をとり栽培している ②100年以上前から栽培されている ③地域に根ざした作物である」という3つの条件を満たした福井百歳やさいに認定されている。
福井県の南西部に位置する敦賀市は、若狭湾に面しその面積の多くを山林が占めています。杉箸は山間部にある小さな集落。この地で、150年前から途切れることなく作り続けられているという赤カブが、杉箸アカカンバです。
「カンバというのは、元々は漬物のことです。深い雪に包まれるこの地では、冬の初めに赤カブを漬物にして冬の間のごはんのお供として食してきました。この地域の食文化に欠かせない野菜です。古くは、山の斜面を利用して焼畑農法で杉箸アカカンバを作ってきたそうです」
そう教えてくれたのは、杉箸に生まれ育ち、杉箸アカカンバ生産組合の代表を務める山口一夫さん。生産者を取りまとめ、漬物などの加工や販売も手がけています。
唯一無二の味と姿は郷土の誇り
「杉箸は、かつて石灰岩の産地だったそうです。戦後にはそれもなくなって、今は静かな小さな村ですが、なんとか在来野菜の杉箸アカカンバの生産を続けています」
その姿は、大ぶりで真っ赤。特長的なのは土の中にいた時の東西にあたる両サイドにヒゲ根が伸びていること。切れば白い身に赤いサシが入っています。
「食べればほろ苦い風味が杉箸アカカンバらしさですが、秋の終わりに収穫せずにそのまま雪の下に埋めておくと寒さにあたって、そのほろ苦さが甘みに変わるんですよ。深い雪を掘って収穫するのは大変ですが、真っ赤な姿が見えた時の喜びはまた格別ですね。姿も味も、こんな赤カブは他にありません。杉箸アカカンバは郷土の誇りです」
福井県敦賀市杉箸の土壌と気候を映し出している野菜
現在は杉箸だけで作られていますが、山口さんによると、以前は周辺の愛発(あらち)地区全体で栽培されていたそう。しかし、形が均一で病気にも強く栽培しやすい品種改良の赤カブに押され、今では杉箸アカカンバを生産するのは杉箸で8軒のみとなりました。
「東京に持って行って育てようとした人もいましたが、うまくいかなかったそうです。この辺りの粘土質の土壌と、石灰岩で濾過されたアルカリ性の軟水が杉箸アカカンバの特長を引き出しているんだと思います。また、ここの標高、海抜150メートルというのもちょうど良いんだと思うんです。そして、甘みを引き出すには雪が欠かせません。やっぱり在来野菜というのは、その土地の環境に合っているんですね」
新しい工夫を積み重ねて、杉箸アカカンバを次世代に
杉箸アカカンバ生産組合では、毎年約5000個を生産しています。しかし2025年はその半分の2500個に留まりました。理由は、温暖化による獣害でした。
「毎年12月の中頃に雪が降り始めて、多い時には3〜4メートル積もります。春になるまで土が見えることはありません。でも2025年12月と2026年1月は雪が少なくて、降ってもすぐ溶けて消えてしまいました。そうしたら、鹿や猿がみんな食べてしまったんですよ。いつもなら雪が守っていてくれたんですけどね」
また、その前年には種まき後にまったく雨が降らずほとんどが枯れてしまったそう。その年、山口さんは種を採ることだけを考えたといいます。
「種採り用の株は、他のアブラナ科の作物と交雑しないよう、離れた畑に移して育てます。収穫は冬で終わりますが、種採りのための栽培は5月まで。2024年は苦しかったけれどなんとか種採りができたし、わずかながら300個ほど収穫もできたのでそれだけでよしとしないと、と思ってね」
毎年、気候がどう変化するか、それによってどんな困難が立ちふさがるかはわかりません。「ただ、よりよい杉箸アカカンバを収穫できるように、毎年新しい工夫をしていくだけです」と、山口さんは前を向いて話します。
「春蒔きにも挑戦したいんですが、気温が低くて発芽が難しい。SOLAMENT®を配合したネットはそれ自体が発熱もするということなので、これを敷いて地温を高めれば春蒔きがうまくいくかもしれないと考えています。これまで150年以上受け継がれてきたものを自分が手がけることになったわけですから、やっぱりなんとかいい栽培の仕方を見つけて、次の世代に繋ぎたいですよね」
この地で生産し、この地で味わってもらいたい
次世代に杉箸アカカンバをつなぐためには、生産し続けるだけでなく、食べてもらって「おいしい!」と体感してくれる人が増えることも重要。そんな思いで生産の傍ら山口さんが営んでいるのがそば店です。実は山口さんは、杉箸アカカンバの生産に携わるより15年も前に、杉箸で手打ちそば店を開業していました。アマチュア時代を含めて40年以上そば打ちをしてきた山口さん。その味にファンも多く、全国各地はもちろん、海外からも山口さんのそばを食べに杉箸を訪れるお客さんがいます。人気は、福井県産の在来品種のそば粉を使った越前そばと杉箸アカカンバを使ったちらし寿司などを組み合わせた「さくらちらし御膳」です。
「食べた人がね、『おいしかった、また来ます』って言葉をかけてくれるのがうれしくて。杉箸アカカンバもそばももっともっといいものを作っていこうという気持ちが目覚めて、だんだんと強くなりました。そば屋と杉箸アカカンバ生産はそれぞれ別々に始めたもので、自然とこういう成り行きになったわけですが、今ではもう2つは1つになっていて、どちらが欠けても成り立ちませんね」
そんな山口さんの活動の原動力になっているのは、郷土への思いです。この土地で生まれ育ち、若い頃から地域の活性化に強い関心を抱いていたといいます。会社員時代には、各地に出張したり、他の街に一時期暮らしたりもしましたが、杉箸から離れようと思ったことはないとのこと。
「150年以上という歴史からも、栽培に適した自然環境があるという点からも、この地と杉箸アカカンバは切っても切り離せません。だから、やっぱり杉箸の文化や歴史含めてみんな吸収して、この土地ごと杉箸アカカンバと向き合ってくれる人が後継者として出てきてくれたらうれしいですね」
取材・文 / 川瀬 佐千子
写真 / 西田 優太
Farmer
山口 一夫さん
1947年福井県敦賀市杉箸生まれ。金属加工会社に勤務しながら、独学でそば打ちを学ぶ。退職後、地域のコミュニティサロンのような場になればと、杉箸でそば店を開業。2010年に杉箸アカカンバ生産組合を立ち上げ、代表となり、杉箸アカカンバの生産から加工販売などを担う。現在は、生産の傍ら後継者の発掘にも尽力している。
参考文献
『日本のうつくしい野菜』(warmerwarmer/オレンジページ)『野菜 在来品種の系譜』(青葉高/法政大学出版局)「福井県ホームページ 福井百歳やさいを食べよう」「福井県若湾観光連盟公式サイト」「Umekiki 杉箸アカカンバ」「中日新聞 じいじ、ばあばの知恵袋 2021.1.31」
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