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Photography by Janny Suzuki / Terumi Takahashi

早稲田ミョウガを生産する井之口喜實夫さん

Voice of Farmers

幻の早稲田ミョウガ、
未来への
新章始まる

早稲田ミョウガ

わせだみょうが ショウガ科

Waseda Myoga (Japanese ginger)

ミョウガは東南アジア原産で、古い時代に渡来、帰化植物として自生。保水力がよく、しかも水はけのよい所でよく育つ。江戸時代には早稲田はミョウガの産地として知られ、徳川幕府が発行した「新編武蔵風土記稿」(1828年)にも紹介。早稲田ミョウガは大ぶりで香りがよく美しい赤みが特長とされ、江戸後期には畑で盛んに栽培されていた。しかし、明治時代になってから学校の建設や宅地化が進んでミョウガ畑も減少の一途をたどり、いつしか幻の野菜に。2010年から江戸東京伝統野菜研究会の大竹道茂さんの声かけで早稲田の自生株の捜索がはじまり、旧家の庭で発見。発見者の東京練馬区の農家・井之口喜實夫さん(写真)が栽培を復活させた。現在、三宅島での栽培が進行している。

各地の伝統野菜の名前は地名に由来するものが多いですが、早稲田ミョウガほど全国的に知られた地名を冠した野菜は他にないかもしれません。現在、早稲田大学を中心に商店街や住宅の広がる東京都新宿区早稲田は、かつてミョウガの産地でした。江戸時代には盛んに栽培され、将軍家の食卓をも彩ったそう。しかし、明治時代になって宅地化が進むにつれて、ミョウガ畑もミョウガの姿も消えていきました。

早稲田ミョウガが土から出ている様子
早稲田ミョウガ(江戸東京野菜通信2012年09月30日のブログより、早田宰さん撮影)

密かに自生して種を繋いできた早稲田ミョウガ

そんな「幻の早稲田ミョウガ」が発見されたというニュースが流れたのは、2010年8月22日のこと。江戸東京・伝統野菜研究会代表の大竹道茂さんの声かけで結成された「早稲田みょうが捜索隊」の成果でした。この日、捜索隊に参加し早稲田の旧家の庭先に自生していた早稲田ミョウガを発見したのが、東京都練馬区で祖父の代から農家を営む井之口喜實夫さんです。
「ミョウガはタネではなく地下茎で繁殖します。一度植え付ければ、取り除かない限り自生します。ですから、かつて栽培されていた早稲田ミョウガの地下茎が早稲田の地に残っているのではと考えたんです」(大竹さん)
「祖父からかつて早稲田がミョウガの産地だったと聞いていましたから、どんなものか知りたいと思っていましてね。見つけた時は『本当にあったのか!』と驚きました。そして『これはぜひ自分が栽培を復活させたい』という気持ちを抱きました」(井之口さん)

井之口さんと大竹さん
東京都23区内の農地の4割が集中する練馬で3代に渡って農家を営む井之口さん(左)と、1980年代から伝統野菜の研究と啓蒙活動を続けてきた大竹さん(右)。ともに早稲田ミョウガの復活と生産の継続に取り組む。

井之口さんは見つけた家から早稲田ミョウガの地下茎を分けてもらい、早速栽培を開始。また、地下茎の一部を江戸東京野菜を栽培する農家8軒にも分け、栽培してもらったそう。しかし、出荷に見合うものが収穫できたのは井之口さんだけでした。
「株が弱っていたんですね。ずっと植えられっぱなしで、地下茎が混み合ってしまっていましたから。うちは父親の代から2002年ごろまでミョウガを生産していたので、栽培の心得があったんです。1年目は弱った根株の育成に力を入れました。そのかいあって2年目には、話に聞いていた通りの赤みの強いぷっくりと丸いミョウガの子(花穂と呼ばれるつぼみ部分でここを収穫する)が採れました。ほっとしましたね。なるほどこれが早稲田ミョウガか、と。食べたらね、うまかったですよ」(井之口さん)

冬の休眠中の早稲田ミョウガの地下茎
ミョウガは浅い土中に地下茎を伸ばして繁殖する。写真は冬の休眠中の地下茎。

生産者の努力と消費者の関心が結びついて認知度アップ

ミョウガといえば夏の薬味ですが、早稲田ミョウガは晩生種のため、収穫は9月〜10月。栽培の適正温度は25度程度で、日陰と水はけを好みますが程よい保水力も欲しいという植物。「自分が気に入った場所にいれば生き残れる植物です」と井之口さん。つまり場所を移して畑で栽培するには少々手がかかるというわけです。井之口さんは畑に日除けを設置したり、連作障害を避けるために毎年場所を変えたりと工夫をこらし、早稲田ミョウガの生産を続けてきました。
「伝統野菜の難しさは、栽培の点にあるだけでなく、消費者に知られて受け入れてもらえるかどうかということ。食べてもらえればいつもの野菜と違うな、おいしいなとわかってもらえると思います。早稲田ミョウガもおかげさまで人気の食材になりました。やっぱり、見た目が決定的に違いますから、飲食店の人なんかも『これはいいですね!』と気に入ってくれましたね」(井之口さん)
「井之口さんが生産を始めた直後に、早稲田の商店街が、震災支援に気仙沼の戻りガツオを早稲田ミョウガで食べようというイベントを立ち上げたんです。また、新宿区の学校給食でも早稲田ミョウガの卵とじが提供されたりと、『食べる』ほうでいろいろ盛り上がりがありました。そのおかげもあって、早稲田ミョウガの認知度は地域を中心に広がっていきました」(大竹さん)

冬の早稲田ミョウガの畑
訪ねたのは冬。畑のミョウガは休眠中。春になると芽吹き、葉茎を伸ばす。夏の終わりに葉茎の根元に花穂がぷっくりとつく。

猛暑の都心から海風の吹く三宅島へ、海を渡った早稲田ミョウガ

やがて豊洲市場への出荷もスタート。いよいよ全国へ! ……しかし、2024年を最後に早稲田ミョウガを市場で見ることはできなくなってしまいました。原因は、猛暑です。
「いろいろ工夫はしたけれど、気温が30度以上、35度なんていう暑さになってしまうとどうにも……ミョウガも辛かったはず。以前は1株で20個程度は収穫できましたが、だんだん暑さで株が弱ってきてしまって、最近は5〜10個しか採れません。東京は、アスファルトとコンクリートの街でエアコンの熱がこもるでしょう。かつては夕方になると、東京湾からここ練馬まで涼しい海風が吹き込んできたんですよ。都市開発が進んだ今は風が通らず、夕方以降も気温が下がらない。もう都内では無理だな、と思いました」(井之口さん)
かつて産地の宅地化・都市化で姿を消した早稲田ミョウガが、今再び都市開発・温暖化で絶滅の危機に瀕しているのです。そんな中、「せっかく復活させた早稲田ミョウガをまた幻の存在にするわけにはいかない」という井之口さんや大竹さんの思いに答えるように、次の一手として始まったのが、三宅島での栽培でした。
三宅島は東京から南へ180kmの位置に浮かぶ東京都の離島。風通しがよく、火山灰の土壌は水はけにも優れます。新しい早稲田ミョウガの生産地になれるのではないかと、井之口さんの農園から30株が2025年の春に海を渡りました。
「早稲田ミョウガは未来に残す価値のある伝統野菜だと思っています。でもこのままだと早稲田ミョウガという種が絶滅してしまうかもしれない。ですから、もっとよい生産地があるならば、きちっと早稲田ミョウガを守って育ててくれる人がいるならば、と株をお譲りしました。三宅島に生産地が移ったからといって、早稲田ミョウガではなくなるわけではありませんから。三宅島の生産者さんからは、よく電話がかかってきて栽培の相談にのっています。しっかりやってくれているんだな、と思いますね。いいものをつくっていただければうれしいです」(井之口さん)

遮熱ネットを持つ井之口さん
伝統野菜の持っているおいしさそして歴史を途絶えさせないために、規模は縮小しても早稲田ミョウガを育て続けている井之口さん。SOLAMENT®を配合した遮熱ネットで、今年は暑さに対抗する。

新天地と復活の地、それぞれで生き残っていくために

取材時の2月、練馬の井之口さんの農園では、約120株の早稲田ミョウガが芽吹きのシーズンを待っていました。
「三宅島に株分けはしましたが、早稲田ミョウガを二度と幻にしないためには自分がここで育て続けることも大切です。出荷は難しいけれど栽培をやめてしまって後悔したくないから、なんとかこの天候のもとでも栽培し続けられるよう努力しています。ですから、こういう新しい素材というものには、ささやかな期待をかけています」(井之口さん)
そう話す井之口さんが手にしていたのは、SOLAMENT®を配合したネット。SOLAMENT®が太陽光の近赤外線を吸収するので、遮熱効果が期待できるため、今年の栽培に使ってみることになりました。
「ミョウガ畑の上に張れば、地温をぐっと下げることができるわけですよね。灌水しながらこれを使えば、もしかしたらもう一度ここで早稲田ミョウを本格的に生産できるかもしれない。手がけた以上は、やっぱりやり続けたい。あのぷっくり赤い早稲田ミョウガを、もう一度ここから世に出してやれたらと思っています」(井之口さん)

取材・文 / 川瀬 佐千子
写真 / 西田 優太

井之口喜實夫さんのプロフィール画像

Farmer

井之口 喜實夫さん

1948年東京都練馬区生まれ。農家の3代目として練馬区で農場を営む。キャベツ栽培の名手として知られ、井之口さんのキャベツは農水大臣賞を何度も受賞している。その一方で、在来品種の千住ネギやごせき晩生小松菜の栽培も手がける。2010年には早稲田ミョウガを発見し、育種・生産につとめてきた。現在は、4代目となる息子の勇喜夫さんとともに東京の農ある風景を守り続けている。

参考文献

『日本のうつくしい野菜』(warmerwarmer/オレンジページ)『野菜 在来品種の系譜』(青葉高/法政大学出版局)『江戸東京野菜物語編』(大竹道茂/農文協)『江戸東京野菜の物語』(大竹道茂/平凡新書)「江戸東京野菜について」「江戸東京野菜を語る」(ともにJA東京中央WEBサイト)「江戸東京野菜通信 大竹道茂の伝統野菜に関する情報ブログ」「将軍も食した「早稲田ミョウガ」伝統野菜からひもとく江戸物語」(毎日新聞 2022/3/21)

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